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仙台地方裁判所石巻支部 昭和30年(ワ)89号 判決 1956年10月23日

主文

被告阿部実は原告に対し金拾万円及之に対する昭和三十年十一月十七日より右金支払に至る迄年五分の割合の金員を支払うべし。

原告の被告阿部実に対する其の余の請求は之を棄却する。

原告の被告阿部喜一に対する請求は之を棄却する。

訴訟費用中原告と被告阿部喜一との間に生じたるものは原告の負担とし、原告と被告阿部実との間に生じたるものは之を五分し其の弐を被告阿部実の負担とし其の参を原告の負担とする。

事実

(省略)

理由

原告と被告実とが旧暦昭和二十七年十二月三日(原告は昭和二十七年十二月三日と主張するもそれは旧暦の誤と認めらる)慣習に従い式を挙げ事実上婚姻し爾来原告と被告実とは被告実方に於て同棲し正常なる夫婦生活を為し来りたるも昭和三十年五月頃原告は実家に帰り爾後右婚姻関係は解消の状態にあることは証人阿部義翁、木村友蔵、須田福治、木村はま子、木村芳之助、木村はなの証言により明らかである而して右証拠によれば被告実は何等正当の理由なく本件事実上の婚姻を破棄するに至りたるものなることを認め得べきを以て(尤もこの点については原告と被告実の近親間の葛藤があり原告が家出するに至りたる状況なるも結局被告実も原告の家出を容認し居りたる状況なるを以てこの如く認定するものである)同被告は之により原告に蒙らしめたる損害を賠償する責あるものである被告の立証によりては右認定を覆し難い然れども被告喜一は本件婚姻の当事者にも非ず又婚姻又は其の解消は婚姻当事者の自由なる意思に基くことを要するものにしてたとい其の当事者の父母と雖之を決し得べきものでもなく被告喜一が被告実の右本件婚姻破棄について特に積極的に加担したることを認め難きを以て被告喜一はそれについて原告に対し損害賠償の責あるものとは認め難い原告の立証によりては右認定を覆し難い依て原告より被告喜一に対する本訴請求は之を認容することはできない依て原告より被告実に対する損害賠償の請求について按ずるに先づ原告主張の原告が被告実方に同棲中稼働したる労働賃の請求について審究するに右は原告は本件事実上の婚姻が被告実より不当に破棄せられたる以上被告実は原告の労務により法律上の原因なくして不当に利益を受け之により原告に損害を及ぼしたる所謂不当利得の返還を請求するものと解せららるるも正常なる婚姻生活中夫婦が其の境遇に応じ家事又は家業其の他の勤労に従事するは夫の為にとか又は妻の為にとか之を為すものに非ずして夫婦共同の利益の為に夫婦が互に協力し扶助する為に之を為すものに外ならざるを以て其の後婚姻が当事者の一方より不当に破棄せられたればとて他方より相手方に其の労働賃を不当利得として請求し得べき筋合のものに非ず又原告の右の請求の趣旨が事実上の婚姻の不当破棄(又は婚姻予約不履行)に基く損害賠償請求の趣旨であるとするも元来右の如き勤労は性質上財産的報酬を伴うべきものとは解せられず其の後事実上の婚姻の不当破棄(又は婚姻予約不履行)の事実ありとするも其の事実そのものによる損害とは認められないから原告の右の請求は認容することはできない其の他原告の右の請求を認容するに足る事由を認め難い依て原告の右請求は理由がない次に原告より被告実に対する結婚式当日に費消したもの並にそれに付帯の仕度の為の費用として支出したものの損害賠償請求について按ずるにこの点について証人木村芳之助は右を合計約金十八万円を要したる旨証言するも其の数額はたやすく信を措き難く又右費用中には原告が本件婚嫁につき持参したる物品代をも包含せられ居るものと解せらるも証人木村友蔵、須田福治、木村芳之助の証言によれば右物品は原告が実家に帰りたる後返還を受けたるものもあることを認めらる尤も原告はそれ等を控除するも尚幾何かの右費用を要したるものと推定せらるるも其の額を確認するに足る資料なく且原告は具体的に其の費用の種目価額等を主張立証せざるを以て原告の右請求は既にこの点に於て之を認容するに由なきのみならず又法律上の婚姻の離婚の場合には右の如き費用は損害として請求し得ざるものなるを以て事実上の婚姻の不当破棄の場合にも之と同様に解するを相当とする尤もこの点については婚姻予約不履行としてかかる費用を損害として請求し得べき見解あらんもそれは正常なる婚姻生活に入らざる場合はともかくとして本件の如く事実上の婚姻にせよ正常なる婚姻生活を数年間為したる場合に於てはそれは事実上の婚姻の不当破棄そのものによる損害とは認め難きを以て妥当でない依てこの点の原告の請求はいづれにせよ認容できない次に原告より被告実に対する慰藉料の請求について按ずるに本件婚姻の不当破棄により原告が精神上の苦痛を蒙りたることは当然なるを以て被告実は原告に対し右精神上の苦痛に対し相当の慰藉料を支払う義務あるものである当裁判所は其の数額については本件諸般の事情に徴し金十万円を以て相当と認める依て原告より被告実に対する右金十万円及記録上明らかなる本件訴状が被告実に送達せられたる日の翌日たる昭和三十年十一月十七日より右金支払に至る迄民事法定利率年五分の支払遅延の損害金の本訴請求を認容し其の余の被告実に対する本訴請求並に被告喜一に対する本訴請求全部を認容し難きものと認め訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 小林新太郎)

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